遙か1〜5、コルダ3のSSをネタバレ含みつつ好きなように投下
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将望です
熊野で初めて再会したルートのそのあたり
将臣視点
続きにたたみます
熊野で初めて再会したルートのそのあたり
将臣視点
続きにたたみます
月が蒼く輝く夜には、寝る前によく願いをかけていた。
ガラでもないし、自分でも笑えるくらいだから、
途中でうっかり白面に戻っていたたまれない思いになったこともある。
が、やめることはできなかった。
そんなふうに俺は、こんな夜には、ちょくちょく月に願いをかけていた。
初めの三年は、やたらゴージャスな布団に横たわりながら願いをかけた。
平家の嫡男の再来と、歌仙の筆にも詠まれた俺だが、
月にすればひとはひとで、それ以上でもそれ以下でもなかったらしい。
願っても願っても、望美は夢にさえ出てこなかった。
次の半年は、焼けすぎの煎餅のごとき布団の中で願いをかけることになった。
平家の嫡男として歌でなく現実的にふるまわなければならなくなった俺だが、
その努力を買われたのかどうか、願うと望美は夢にだけは出てくるようになった。
だが、いつか目覚めるから夢は夢と呼ばれる。
俺は会いたいと願ったのに、次の朝には、それが叶わなかったことを思い知らされる。
望美に直接苦言できれば良かったが、できないから月の所為にした。
悪ぃなと思いながらも、月ってのはむしろそのためにあるんだろとも思う訳で、
そんなふうに悪態ついたからかどうか知らないが、
願いが聞き届けられるまでには三年と少しの年月を要した。
月も月なりに、叶えるか、叶えないでおこうか、
答えを出すのにそれだけかかったってことなんだろう。
いま、熊野に月が満ちて、
俺は晴れ晴れとそれを見上げている。
一応、マジで感謝している。そのことが少しでも届いていればいいんだが。
「望美」と、呼びかけて待っていた。
仕切りの向こうに灯りはない。
もし今の声量で望美が目を覚ますなら、
廊で突っ立ってる俺の姿が月明かりに透けてるのが見えるはずだ。
再会するまでにタイムラグは確かにあったが、
そして、パッと見では俺だってことを一瞬認め辛かったみたいに見えたのも確かだが、
声まで忘れてるこたねぇだろ、と、
俺は望美と呼んだだけで自分はわざわざ名乗らなかった。
誰? なんて返さないでくれよ、と俺は、
仕切りに背を向けてきざはしに立ち、満月を見上げながら、
望美の返事を待っている。
夏の盛り、蒸し暑いには違いないが、
山深い土地柄と、神域と呼ばれるだけの雰囲気も手伝っているのか、
陽が落ちればかなりの過ごしやすさだ。
カラ、と御簾の揺れる音に、俺は「おっ」みたいな声と共に振り返った。
自分で呼んでおいて「おっ」もなにもないが、
望美が返事をするよりいっそ顔を出すことを選んだことに驚いたのもあるし、
寝起きってことがひと目でわかる雰囲気で出てきて、
長い髪を手櫛で撫で付けながら、襦袢の胸元を整えている所作にざわっとしたのもある。
「呼んどいてびっくりはない」
「いや、返事がねぇからやっぱ寝てんのかってな」
「正解。ぐっすり寝てましたー」
向こうの世界にいた頃は、浴衣の着付けもおばさんに泣きついてたようなやつが、
妙に手慣れたもんだ。
細い指できゅっきゅっと生地を引き締める、その確かな手つきと、
だがここには「俺」という一応「男」がいるんだが、という、
相反するふたつの要素が、俺に目のやり場をしばし失わせた。
望美は端近まで出て腰を下ろし、きざはしの二段目に素足をつけた。
夜風を味わうような顔をして、大きく背伸びをしている。
「へぇ。元気そうだな」
「まぁね〜」
「熱、下がったのか」
「じゃないかな。うん、たぶん。すっきりしてる」
というのも、望美はここのところ夏風邪をひいて寝込んでいた。
健康を絵に描いたようなやつだから、こういうことは珍しい。
調子が悪いくせに昼間は一緒になって出掛けようとするから宥めるのに苦労する。
今日もそんな調子で、こうして様子を見に来た訳だ。
返事があったら少し邪魔して、見舞いのついでに戦況のひとつふたつ話でもして、
返事がないなら、ま、部屋帰って寝るか、くらいのつもりだった。
「そっか。んなら、少しくらい風に当たるのもいいかもな」
みたいなことを言いながら、俺も隣へ腰を下ろしたが、
実際は望美に直接夜風が当たらない位置を選んだ。
そういつも一緒にいられる訳じゃないし、ろくに役立ってもやれねぇが、
風除けくらいにはなんだろと思う。
「だが、風邪ってのは治りかけが肝心だからな。
長居しねぇようにするから、お前の気が済んだら部屋戻れよ」
「30分くらい?」
「お前な。長くみて10分だろ」
そう指摘すると一瞬表情を曇らせた望美だが、
気を取り直したようにしてひとつ距離を詰めて来た。
「治りかけっていうか、これ治ったんだと思うんだよね」
「俺の目はごまかせねぇ」
「心の目で見て下さい」
「……あのなぁ」
望美は両の手のひらでぺちぺちと音を立てながら自分の頬に触れると、
包むようにして体温を見る。
言ったように俺から見ると、熱の痕跡が残っている、いつもより赤い頬だ。
「ほら、本当だってば、完璧」
「おいおい、マジか? 一日二日寝ただけだろ」
「でも平熱ってこんなじゃない?」
意見を求めるようにして送られる、ごく近距離からの目線だった。
(“こんな”って言われてもな…)
こんながどんななのか、俺の額に触れたところで参考にならない。
わかってんのか天然なのか。
俺は内心そんなことを考えたが、そもそも俺と望美の関係は、
お互い熱を測り合うくらいのことでどうこう意識するようなものじゃない。
少なくとも三年と少し前まではそうだった。
目と鼻の先で暮らして、
朝家の前で一緒になれば、並んで駅行って電車乗って学校行って、帰りもまたそんな具合。
それが当たり前だった訳で、意識してる訳ねぇ。
ねぇんだが、こっちに跳ばされて三年半、
なにかというと望美のことばかり考えてる自分を初めて意識した。
いや、逆に望美のことばかり考えてたから意識したってのが当たってんのかも知れないが。
どっちにしても、そんな俺の三年半は、望美の中には存在しない。
だからいまこの瞬間、俺だけが意識するとなんか妙なことになる。
俺に振られたことは、幼馴染みの熱が本当に下がっているのかを確かめる、
ただそれだけのことだ。
あの頃のまま、何も変わらない望美の、
言ってることが本当なのかどうか、この手のひらで確かめることだけだ。
頬は望美がその両手で占領していたが、額のほうは空いている。
高鳴る心臓の内部を「平常心」という文字でいっぱいにしながら、
俺はそこへ手のひらを当ててみた。
「……おー」
「どう?」
大きな目が見返す。
触れた限り心配するような体温ではなかった。
だからこそその目と、手触りのほうに気をとられたことは否めない。
長い睫毛が瞬くたびに、手のひらの端っこんとこが擦られる、
そのくすぐったい感触も。
「……ねぇ、どう?」
望美は同じことをもう一度尋ねた。
俺が答えも出さずに固まっているのに痺れを切らしたんだろう。
自分でもわかってる、
だから突っ込まないで欲しかったんだが。
こんな手のひら一枚
なんだろうな
すげぇ放したくねぇ
俺は指先を揃え、望美の額でひとつ、ペチといい音を鳴らしてやる。
そうすることで区切りをつけた。
そんなことでもしなけりゃ、区切りを付けることができなかった。
「微熱だ、微熱」
「嘘でしょ、平熱!」
「わかったわかった、じゃ平熱な」
「よし」
誰か代わりに言ってくれ。
平家の将、惨敗。
この手に残った望美の「平熱」は、
いつになったら消えてくれるんだろうか。
やり場がなくて頬杖にした。
こんなとき、見るものはやっぱ月だ。
闇夜じゃなくてマジよかった。
「ん」
と、不意に声がかかる。
隣を見れば望美が手を差し出していた。
5本の指をぱっとひらいて、いい顔で笑っている。
その意図はわかっていたが、俺は一応「なんだよ」と返した。
「言われた通りちゃんと寝てたんだから、約束の品をこれへ」
「おう、それそれ」
そのためにここへ来た経緯がある。別に夜這いじゃない訳で。
俺は夜着の袂に入れていた桃を取り出して、
望美の手のひらへ渡してやる。
「えー、これ違うじゃん」
「缶に入ってないだけだろ。違わねぇ」
「モモ缶と桃は違うんですー! しかもぬるいとか条件のひとつも満たしてない件」
「無茶苦茶言うな」
これが望美だ。
そして俺はこういう望美が好きだ。
「無茶苦茶じゃないし」
「今のどこをとったらそう言えるんだよ」
「だって将臣くんだし」
「わり、それ意味わかんね」
「なんで? 将臣くんならなんとかできるんじゃないかって思うでしょ」
調子良く進んでいた口喧嘩は、そこでぷっつり切れてしまった。
いや、望美はいくらでも続けられたんだろうが、
俺が返す言葉を失ってしまった形になる。
「……ってお前な」
駄々っ子が口を尖らせるようにして突っかかっていた望美は、
俺が完璧に煮詰まったことでニッと笑った。
「たかがモモ缶のひとつ、将臣くんが持って来れないはずがない」
「……お前ん中じゃ、俺はスーパーヒーローかなにかなのかよ」
「かなり」
自信満々で望美は言う。
更に寄せられた鼻先に、俺は顎を引くしかない。
何を期待してんのか、俺はただの俺だ。
あんときよりやや年上になっただけで、月に願いなんか懸けてるようなヤツだぞ。
むしろ退化してんだろ。
「つかそもそもなんでそんなことになってんだ」
「胸に手を当てて考えましょう」
「せめてヒントくれ、ヒント」
「『なつまつり』」
言って、望美は一転嬉しそうに「いただきます」と正面に向き直る。
小刀を持ってくるのが面倒なのか、指で器用に皮を剥ぐ。
俺は少しも知らなかったが、なんていうのか、
望美はいつのまにか、すっげー逞しくなってるみたいだ。
そんなふうに見える。
夏祭り、と望美が言ったそのことで、俺が思いつくことができたのは、
今の季節がちょうどそれに被ってるってことと、
小さい頃はそんなのにも、こいつと一緒に行ってたなってことくらいだった。
何か思い出すべきことがあるんだろうが、
いまは、目の前に立ちはだかる現実が余りあって邪魔をしてるみたいだ。
「そうかそうか。思い出せないか」
「ま、生きてさえいりゃそのうち思い出すだろ」
「頼みますよー。けっこうずっと、スーパーヒーローなんだから」
「へぇへぇ」
府抜けた返事と再びの頬杖、そして、またも見上げた青い月。
ヒーローってのは案外つらいもんだな、と思っていた。
望美は少しもわかっちゃいないんだろう、
三分の一ほど皮を剥いだまるい実に、美味そうに齧りつく音がする。
「あ、おいしい」
「おー。かなり選んだからな」
「缶には入ってないけどね」
「しつけー」
くすくす笑う望美の声は、まだ少し鼻にかかっていた。
軽い詫びを入れて、本当においしいのだと付け加える。
正直やや疲れが来て、俺としてももうどっちでもいい気分になってきたところだった。
「ありがと」
「おー」
「これ食べて明日起きたら、こんどこそ完璧に治ってる気がする」
「……おー」
「だから、また起こしに来てくれる?」
「……おう」
頬杖にした手のひらが疼いていた。
マジ抱きしめてやろうかこいつ。という意味で疼いていた。
そうでもしないと、おとなしく部屋に戻って眠れる気がしない。
こんな気持ちで果てなく寝返りを打つなら、熱帯夜のほうがまだマシだ。
「……30分って言っときゃ良かったな」
「うん?」
「おー。なんでもねぇ」
それだけ言って、黙りこくった。
本当に手が出てしまう前に腰上げて離れるべきなんだろうが、
一応風除けの立場じゃ、その場を動く訳にも行かないのが辛かった。
沈黙を破って「食べる?」なんて、どうか言ってくれるなよと、
満天の、蒼い夜気に願いをかける。
鼓膜が拾う、望美のつくる微かな物音。
その隣に不貞腐れて、贅沢すぎる願いをかける。
「ていうか将臣くんに会えて、気が抜けたんだろうなぁ。この私が風邪なんて」
届いたか、どうか。
実際に沈黙を破ったのは、望美のそんな言葉だった。
「……つーか、ひとつ聞いていいか」
「はい」
「お前、俺のこと好きだろ」
「将臣くんほどじゃないよ」
横顔で言って、
望美のあかい唇が、したたる果実をまた齧る。
溢れるような月光は、俺の直上まで昇りきり、試すように降り注ぐ。
ガラでもないし、自分でも笑えるくらいだから、
途中でうっかり白面に戻っていたたまれない思いになったこともある。
が、やめることはできなかった。
そんなふうに俺は、こんな夜には、ちょくちょく月に願いをかけていた。
初めの三年は、やたらゴージャスな布団に横たわりながら願いをかけた。
平家の嫡男の再来と、歌仙の筆にも詠まれた俺だが、
月にすればひとはひとで、それ以上でもそれ以下でもなかったらしい。
願っても願っても、望美は夢にさえ出てこなかった。
次の半年は、焼けすぎの煎餅のごとき布団の中で願いをかけることになった。
平家の嫡男として歌でなく現実的にふるまわなければならなくなった俺だが、
その努力を買われたのかどうか、願うと望美は夢にだけは出てくるようになった。
だが、いつか目覚めるから夢は夢と呼ばれる。
俺は会いたいと願ったのに、次の朝には、それが叶わなかったことを思い知らされる。
望美に直接苦言できれば良かったが、できないから月の所為にした。
悪ぃなと思いながらも、月ってのはむしろそのためにあるんだろとも思う訳で、
そんなふうに悪態ついたからかどうか知らないが、
願いが聞き届けられるまでには三年と少しの年月を要した。
月も月なりに、叶えるか、叶えないでおこうか、
答えを出すのにそれだけかかったってことなんだろう。
いま、熊野に月が満ちて、
俺は晴れ晴れとそれを見上げている。
一応、マジで感謝している。そのことが少しでも届いていればいいんだが。
* そして彼女は月の実を齧る *
「望美」と、呼びかけて待っていた。
仕切りの向こうに灯りはない。
もし今の声量で望美が目を覚ますなら、
廊で突っ立ってる俺の姿が月明かりに透けてるのが見えるはずだ。
再会するまでにタイムラグは確かにあったが、
そして、パッと見では俺だってことを一瞬認め辛かったみたいに見えたのも確かだが、
声まで忘れてるこたねぇだろ、と、
俺は望美と呼んだだけで自分はわざわざ名乗らなかった。
誰? なんて返さないでくれよ、と俺は、
仕切りに背を向けてきざはしに立ち、満月を見上げながら、
望美の返事を待っている。
夏の盛り、蒸し暑いには違いないが、
山深い土地柄と、神域と呼ばれるだけの雰囲気も手伝っているのか、
陽が落ちればかなりの過ごしやすさだ。
カラ、と御簾の揺れる音に、俺は「おっ」みたいな声と共に振り返った。
自分で呼んでおいて「おっ」もなにもないが、
望美が返事をするよりいっそ顔を出すことを選んだことに驚いたのもあるし、
寝起きってことがひと目でわかる雰囲気で出てきて、
長い髪を手櫛で撫で付けながら、襦袢の胸元を整えている所作にざわっとしたのもある。
「呼んどいてびっくりはない」
「いや、返事がねぇからやっぱ寝てんのかってな」
「正解。ぐっすり寝てましたー」
向こうの世界にいた頃は、浴衣の着付けもおばさんに泣きついてたようなやつが、
妙に手慣れたもんだ。
細い指できゅっきゅっと生地を引き締める、その確かな手つきと、
だがここには「俺」という一応「男」がいるんだが、という、
相反するふたつの要素が、俺に目のやり場をしばし失わせた。
望美は端近まで出て腰を下ろし、きざはしの二段目に素足をつけた。
夜風を味わうような顔をして、大きく背伸びをしている。
「へぇ。元気そうだな」
「まぁね〜」
「熱、下がったのか」
「じゃないかな。うん、たぶん。すっきりしてる」
というのも、望美はここのところ夏風邪をひいて寝込んでいた。
健康を絵に描いたようなやつだから、こういうことは珍しい。
調子が悪いくせに昼間は一緒になって出掛けようとするから宥めるのに苦労する。
今日もそんな調子で、こうして様子を見に来た訳だ。
返事があったら少し邪魔して、見舞いのついでに戦況のひとつふたつ話でもして、
返事がないなら、ま、部屋帰って寝るか、くらいのつもりだった。
「そっか。んなら、少しくらい風に当たるのもいいかもな」
みたいなことを言いながら、俺も隣へ腰を下ろしたが、
実際は望美に直接夜風が当たらない位置を選んだ。
そういつも一緒にいられる訳じゃないし、ろくに役立ってもやれねぇが、
風除けくらいにはなんだろと思う。
「だが、風邪ってのは治りかけが肝心だからな。
長居しねぇようにするから、お前の気が済んだら部屋戻れよ」
「30分くらい?」
「お前な。長くみて10分だろ」
そう指摘すると一瞬表情を曇らせた望美だが、
気を取り直したようにしてひとつ距離を詰めて来た。
「治りかけっていうか、これ治ったんだと思うんだよね」
「俺の目はごまかせねぇ」
「心の目で見て下さい」
「……あのなぁ」
望美は両の手のひらでぺちぺちと音を立てながら自分の頬に触れると、
包むようにして体温を見る。
言ったように俺から見ると、熱の痕跡が残っている、いつもより赤い頬だ。
「ほら、本当だってば、完璧」
「おいおい、マジか? 一日二日寝ただけだろ」
「でも平熱ってこんなじゃない?」
意見を求めるようにして送られる、ごく近距離からの目線だった。
(“こんな”って言われてもな…)
こんながどんななのか、俺の額に触れたところで参考にならない。
わかってんのか天然なのか。
俺は内心そんなことを考えたが、そもそも俺と望美の関係は、
お互い熱を測り合うくらいのことでどうこう意識するようなものじゃない。
少なくとも三年と少し前まではそうだった。
目と鼻の先で暮らして、
朝家の前で一緒になれば、並んで駅行って電車乗って学校行って、帰りもまたそんな具合。
それが当たり前だった訳で、意識してる訳ねぇ。
ねぇんだが、こっちに跳ばされて三年半、
なにかというと望美のことばかり考えてる自分を初めて意識した。
いや、逆に望美のことばかり考えてたから意識したってのが当たってんのかも知れないが。
どっちにしても、そんな俺の三年半は、望美の中には存在しない。
だからいまこの瞬間、俺だけが意識するとなんか妙なことになる。
俺に振られたことは、幼馴染みの熱が本当に下がっているのかを確かめる、
ただそれだけのことだ。
あの頃のまま、何も変わらない望美の、
言ってることが本当なのかどうか、この手のひらで確かめることだけだ。
頬は望美がその両手で占領していたが、額のほうは空いている。
高鳴る心臓の内部を「平常心」という文字でいっぱいにしながら、
俺はそこへ手のひらを当ててみた。
「……おー」
「どう?」
大きな目が見返す。
触れた限り心配するような体温ではなかった。
だからこそその目と、手触りのほうに気をとられたことは否めない。
長い睫毛が瞬くたびに、手のひらの端っこんとこが擦られる、
そのくすぐったい感触も。
「……ねぇ、どう?」
望美は同じことをもう一度尋ねた。
俺が答えも出さずに固まっているのに痺れを切らしたんだろう。
自分でもわかってる、
だから突っ込まないで欲しかったんだが。
こんな手のひら一枚
なんだろうな
すげぇ放したくねぇ
俺は指先を揃え、望美の額でひとつ、ペチといい音を鳴らしてやる。
そうすることで区切りをつけた。
そんなことでもしなけりゃ、区切りを付けることができなかった。
「微熱だ、微熱」
「嘘でしょ、平熱!」
「わかったわかった、じゃ平熱な」
「よし」
誰か代わりに言ってくれ。
平家の将、惨敗。
この手に残った望美の「平熱」は、
いつになったら消えてくれるんだろうか。
やり場がなくて頬杖にした。
こんなとき、見るものはやっぱ月だ。
闇夜じゃなくてマジよかった。
「ん」
と、不意に声がかかる。
隣を見れば望美が手を差し出していた。
5本の指をぱっとひらいて、いい顔で笑っている。
その意図はわかっていたが、俺は一応「なんだよ」と返した。
「言われた通りちゃんと寝てたんだから、約束の品をこれへ」
「おう、それそれ」
そのためにここへ来た経緯がある。別に夜這いじゃない訳で。
俺は夜着の袂に入れていた桃を取り出して、
望美の手のひらへ渡してやる。
「えー、これ違うじゃん」
「缶に入ってないだけだろ。違わねぇ」
「モモ缶と桃は違うんですー! しかもぬるいとか条件のひとつも満たしてない件」
「無茶苦茶言うな」
これが望美だ。
そして俺はこういう望美が好きだ。
「無茶苦茶じゃないし」
「今のどこをとったらそう言えるんだよ」
「だって将臣くんだし」
「わり、それ意味わかんね」
「なんで? 将臣くんならなんとかできるんじゃないかって思うでしょ」
調子良く進んでいた口喧嘩は、そこでぷっつり切れてしまった。
いや、望美はいくらでも続けられたんだろうが、
俺が返す言葉を失ってしまった形になる。
「……ってお前な」
駄々っ子が口を尖らせるようにして突っかかっていた望美は、
俺が完璧に煮詰まったことでニッと笑った。
「たかがモモ缶のひとつ、将臣くんが持って来れないはずがない」
「……お前ん中じゃ、俺はスーパーヒーローかなにかなのかよ」
「かなり」
自信満々で望美は言う。
更に寄せられた鼻先に、俺は顎を引くしかない。
何を期待してんのか、俺はただの俺だ。
あんときよりやや年上になっただけで、月に願いなんか懸けてるようなヤツだぞ。
むしろ退化してんだろ。
「つかそもそもなんでそんなことになってんだ」
「胸に手を当てて考えましょう」
「せめてヒントくれ、ヒント」
「『なつまつり』」
言って、望美は一転嬉しそうに「いただきます」と正面に向き直る。
小刀を持ってくるのが面倒なのか、指で器用に皮を剥ぐ。
俺は少しも知らなかったが、なんていうのか、
望美はいつのまにか、すっげー逞しくなってるみたいだ。
そんなふうに見える。
夏祭り、と望美が言ったそのことで、俺が思いつくことができたのは、
今の季節がちょうどそれに被ってるってことと、
小さい頃はそんなのにも、こいつと一緒に行ってたなってことくらいだった。
何か思い出すべきことがあるんだろうが、
いまは、目の前に立ちはだかる現実が余りあって邪魔をしてるみたいだ。
「そうかそうか。思い出せないか」
「ま、生きてさえいりゃそのうち思い出すだろ」
「頼みますよー。けっこうずっと、スーパーヒーローなんだから」
「へぇへぇ」
府抜けた返事と再びの頬杖、そして、またも見上げた青い月。
ヒーローってのは案外つらいもんだな、と思っていた。
望美は少しもわかっちゃいないんだろう、
三分の一ほど皮を剥いだまるい実に、美味そうに齧りつく音がする。
「あ、おいしい」
「おー。かなり選んだからな」
「缶には入ってないけどね」
「しつけー」
くすくす笑う望美の声は、まだ少し鼻にかかっていた。
軽い詫びを入れて、本当においしいのだと付け加える。
正直やや疲れが来て、俺としてももうどっちでもいい気分になってきたところだった。
「ありがと」
「おー」
「これ食べて明日起きたら、こんどこそ完璧に治ってる気がする」
「……おー」
「だから、また起こしに来てくれる?」
「……おう」
頬杖にした手のひらが疼いていた。
マジ抱きしめてやろうかこいつ。という意味で疼いていた。
そうでもしないと、おとなしく部屋に戻って眠れる気がしない。
こんな気持ちで果てなく寝返りを打つなら、熱帯夜のほうがまだマシだ。
「……30分って言っときゃ良かったな」
「うん?」
「おー。なんでもねぇ」
それだけ言って、黙りこくった。
本当に手が出てしまう前に腰上げて離れるべきなんだろうが、
一応風除けの立場じゃ、その場を動く訳にも行かないのが辛かった。
沈黙を破って「食べる?」なんて、どうか言ってくれるなよと、
満天の、蒼い夜気に願いをかける。
鼓膜が拾う、望美のつくる微かな物音。
その隣に不貞腐れて、贅沢すぎる願いをかける。
「ていうか将臣くんに会えて、気が抜けたんだろうなぁ。この私が風邪なんて」
届いたか、どうか。
実際に沈黙を破ったのは、望美のそんな言葉だった。
「……つーか、ひとつ聞いていいか」
「はい」
「お前、俺のこと好きだろ」
「将臣くんほどじゃないよ」
横顔で言って、
望美のあかい唇が、したたる果実をまた齧る。
溢れるような月光は、俺の直上まで昇りきり、試すように降り注ぐ。
* そして彼女は月の実を齧る・完 *
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