遙か1〜5、コルダ3のSSをネタバレ含みつつ好きなように投下
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桜ゆきです
発動したり遡ったりしてから日光行くまでの宿のこと
甘くしようと思ったのに何故かシリアスめに傾いた気が(…)
ゆき視点
続きにたたみます
発動したり遡ったりしてから日光行くまでの宿のこと
甘くしようと思ったのに何故かシリアスめに傾いた気が(…)
ゆき視点
続きにたたみます
私が眠るまでのあいだ、部屋の灯りはひとつ。
たったひとつだけれど、決してすべて消えることはない。
たったひとつの灯りは、けれども朝にはちゃんと消されていて、
私はひとりで目を覚ましてそれを知る。
隣で臥していたひとも、いつの間にかそこにはいなくて、
灯りと同じで、
私の眠る隣で彼が、そっと立ち上がって部屋を出るのを見たことがない。
———またしっぽを掴めなかった
毎朝思う。
障子を通る白い陽に、まだ眠い目を擦りながら、私は、
朝の一番からまずは恋しい。
顔を洗ったり着替えたり、
することはたくさんあるというのになんだかなぁとは思うけれど、
恋しくて恋しくてたまらない。
* グッドナイト・キス *
この夜も、私が寝床に入ると言うと、
桜智さんはいつものように、
「……そうだね」
と、
「もう少し、キミと話していたいけれど……」
と、淋しそうに、けれど笑った。
そして、その表情は、やはり私に感染った。
一日の用事が終わって眠るまで、なにもなければずっとふたりで過ごしているのに、
「淋しいなんておかしいね」って、私もそう思うけれど、
たまには隠そうと思うのだけれど、顔にすぐ出てしまうのだから仕方がない。
桜智さんは腰を上げて、
燭台の灯りをひとつひとつつまんで消していった。
そのあいだに私は布団に潜り、隣に来てくれるのを待つのが習慣になっている。
「今宵は、なんの話をしようかな」
そんな枕詞と一緒に隣に臥した桜智さんは、
一つ残した灯りが眩しくないようにと、
自分の身体で私を影に入れてくれる。
そのときの深い深い暖色が、私はとても好き。
初めの頃は、桜智さんは畳の上で長くなって私の髪を撫でてくれていたのだけれど、
寒いから、と、ある夜私が白い掛布の端を持ち上げて呼んだことで、
それからはひとつの布団に入っている。
とは言えものすごくヘリのところで、ではある。
そんなじゃ背中までちゃんとかかってないんじゃないかなと、
そしてそのとおりなのだけれど「私はここで充分だよ」と言って聞かない。
他のことならなんでも私の言うことを聞いてくれるのに、
その点だけはなんだか頑固で、柔らかく但ししっかりと断わる。
それでも、一緒の布団で眠るのは嬉しかったし、
寝物語に話してくれる声は穏やかで心地よくて、
私はすぐに眠くなっていく。
今夜もそうだった。
ただ、ひとつだけ違ったことは、
言葉を交わす間に桜智さんが、こくりこくりと船を漕いだこと。
(……そりゃそうだ)
もう何日目になるのだろう、
桜智さんは毎晩、私が眠るまでそばにいてくれるけれど、
朝にはいないところを見ると、あまり眠れていないんじゃないだろうかと、
私はちょうど、少し心配になってきてもいたところだった。
返事が返ってこなかったから、
私は落ちかけていたまぶたを開けたのだった。
頭に置かれた手のひらも、ピタ、と止まっている。
(……うん。寝てる)
そう思うと同時に、瞬間ハッと波立つ思いが沸き上がって、
私は桜智さんの呼吸を確かめていた。
ちゃんと肩が上下しているか、じっくり目を凝らしてみる。
うん 生きてる
ちゃんとうごいてる
なんて、自分で思って、自分で泣きそうになった。
桜智さんの寝顔を見たのは初めてだったけれど、
寝顔とよく似たこういう顔を、一度見たことがあったから、だと思う。
もうきっと、あんなことは起こらないって信じているのに、反射みたいに、
そして、大丈夫とわかってホッとしたのに、
私の胸はしつこくも高鳴ったままだ。
こんな時はいいことを考えよう。そう思う。
そう、嬉しくてたまらなくなるようなことを、
なにかひとつでも見つけよう。
私は改めて、桜智さんを見つめた。
起きているときにも何度も思ったことだけれど、眠っていると更に長く見える睫毛。
綺麗な顔にかかる柔らかい癖毛と、やっぱり同じ色なのかどうかとか。
枕を介しても鼓膜にひびく、胸の高鳴りからいやなかんじが消え始めて、
きゅんと絞られるようなドキドキに変わっていく。
(……そっか)
私はこのひとに、本当に恋をしたんだと、この音が教えてくれる。
掛布の中から右手を出して、彼の目元に向かって持ち上げる。
そこにある、小さな黒点が桜智さんによく似合う。
似合うけれど、それはたしか泣き黒子というのだ。
伸ばした手の親指で、そっとそっと、私はそこに触れてみた。
さらりとした肌に滑らせて、指紋でぷつと小さな球体を撫でたら、
短く切った爪の先で、青い目がひらいた。
あっどうしよう、起こしてしまった、と私は咄嗟に手を引っ込めようとした。
のに、桜智さんがその手を握ってしまって、
どうにも引っ込みがつかなくなってしまう。
「……ゆきちゃん?」
「あ、あの、えっと、その…!」
「ごめん、話が途中になっていたのに……淋しい思いをさせた…?」
「う、ううん、そんなではっ、なくて…!」
なにも後ろめたいことをしていた訳じゃないのに、
何故言い訳をしなければと思ったのか、
けれどどうしてもしなければならないと思ってしまい、
だからしどろもどろになりながら、私がした言い訳はこうだ。
「泣かせない!」
「……ゆき、ちゃん?」
「もう絶対、泣かせたりしないから!」
言うだけ言って、私はひしと縋っていた。
嘘ではない。けれど、口をついたのが本当のことすぎて恥ずかしすぎて、
桜智さんの胸に鼻先を埋め込むことで、照れた顔を隠したかった。
こそと衣擦れの音がして、腕が布団に入ってきて、私の背中に回る。
大きな手のひらが引き寄せるままに、
はだけた素肌に顔が押し付けられて、私の呼吸が苦しくなる。
「キミの言うのは、私の黒子のことかな」
「……はい」
感激した、みたいなことを桜智さんは身震えつつ言って、
そんなつもりではなかった私もまっ赤になって震えた。
大袈裟な賛辞に小さくなっている私を名前で呼んで、
少しだけ身を離し、深く見つめる。
「安心して、ゆきちゃん」
「……ん?」
「これは泣き黒子だけれど、私は、涙は、嬉しくても流れるものだと思うから」
「———」
桜智さんは天才
とりわけ、
私を喜ばせる天賦の才があるのだと思った。
「朝まで一緒にいて」
これはそのあとで私が言った、
この夜まで我慢してずっと言わずにいたことだ。
それくらい、本当に嬉しかった。
燭台の油が自然に減って、やがて、じりと音を立てて消えるまで、
ねぇもう遅いから
あともう少し、片手で足りる時間だけ、ここで
一夜だけ、叶えて欲しい
「本当に……どこまで、キミは」
更に狭くなった腕の中で、
桜智さんの体温がぐっと上がったのを感じていた。
そして、たぶんそれは、私も同じだったと思う。
「もしもこの言葉が、キミを傷つけたなら、ごめん」
首を横に振ったのは、桜智さんが続けようとしている言葉が、
私にも本当は、わかっていたからだ。
朝まで一緒に、それは、
私と彼の間には、まだ叶えるわけにいかない願いなのだと、
毎日目覚めるたびに痛いほど、ちゃんとわかっているからだ。
「もっと、近く、境界さえなくなるほどに、キミを愛せたらいいと思うけれど。
これ以上呪詛を進行させてしまうことは、私の本意ではないから」
「……感染らない」
「感染るよ。きっと」
「痛くないもん」
「ゆきちゃん。……ごめん」
あぁ、困らせてしまった。
このやさしいひとを、また、私は。
もう泣かせないって決めたのに、
好き
どうしても好きだから
「———なんて、嘘です」
「……うん?」
私は半ば無理くりに、桜智さんの胸を剥がれた。
そして、少し乱れて皺になっている掛布を引いて来て、腕いっぱいに広げて、
揺れる、オレンジ色の灯火から、
満場の白さで私と桜智さんをすっぽりと隠した。
「これで、神様からも見えない」
「……神の目を、掛布一枚で? ……果たして、それはどうだろうか」
「うん。だから、おやすみだけ」
桜智さんは、シーツの中で長く長く迷った。
敷布に寝そべった長い髪が、その身体と一緒につと起きて、
やがて私の身体を跨ぐまで、私は一度も目を逸らさなかった。
「もう一度、言ってくれるかい?」
「……って?」
「“おやすみ”だけだと、私に」
直上から注がれる、それは見たこともない桜智さんの表情だった。
真昼の空の色の目が、掛布で影になったせいで、少しだけ翳った色に見えて、
濡れたように見えて、
私は、ひとつ呼吸を飲み込んでから、桜智さんの首に手を回して言った。
「“おやすみ”だけ」
言い切る僅かに少しだけ前に、
桜智さんの顔がふと傾いて、近づいてくるのを見た。
その瞬間に、私のまぶたは閉じてしまって、
重なった瞬間は見なかった。
こそこそと、神様の目を盗んでした、
初めてのおやすみのキスに、
彼の目元は笑ったろうか。
「……ん、ぅ」
溢れて、零れてしまったひと声を、
桜智さんがひと飲みにする。
聞こえるからダメだよと、言われている気がするというのに、
少しだけ、もう少しだけ、そんな息づかいが聞こえる。
このまま眠ってしまえたらいいのにと、
私も彼も、飽かずもう一度、角度を変えて口付ける。
* グッドナイト・キス 完 *
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