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遙か1〜5、コルダ3のSSをネタバレ含みつつ好きなように投下
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忍千です
忍人ルートED後
愛蔵版逸話集から数年後を想定した桜モノです
完全悲恋で救いがないので、いや大丈夫だが? という方のみでお願いします


続きにたたみます









* 世の中に 絶えて桜のなかりせば *




正装の王は人目を盗み、たけなわの宴を抜けて来た。
回廊を降りきるまで粛々と進んで、
気に入りの中庭を見据えると、改めて右の廊、左の廊、そしてもう一度右を振り見て、
周囲に誰もいないのを確かめた。


引きずるほどの長い裾をひょ、と持ち上げ、
庭の最も奥まった翳りを目指して足を速めるが、
少し怒っているだろうか、いまはもう粛々でなく、随分悲痛な表情である。
彼女はいま、王というよりひとりの少女、葦原千尋に戻ろうとしている。


千尋の向かう先には、一本の桜が立っていた。
まだそう大樹でない、うら若くみずみずしい木である。
満開を少しだけ過ぎた四月の下旬、
千尋がその下に入るのを、その木はまるで待ったようにして、
ちらちらとしきりに白い花弁を舞い降らせる。


「忍人さん」


と、千尋は駆けながらその木をそう名で呼んだ。
別にその一本だけを特別にそう呼ぶ訳でない。
千尋は彼の名を口にする時、その時点でちょうど都合の良いところにある桜の木を選ぶ。
花のない季節でも、立ち枯れの時期でもそうしている。
何故なら、なんと言っても桜の下で、千尋がそう呼ぶひとはついえたのであるから。


あれから、花はもう何度咲いたろう。
律儀に毎年、ちゃんと咲く。
豊作の年も、悲しいことが起きた年も、泣きも笑いもせず、
ただ美しく直立して、ただ忘れずに白く咲く。
その様子が、本当に彼に似ていると思うのだ。


さて、千尋は花弁の招くままに若木の影へ、
足を止めて、持ち上げていた裾を下ろす。
それから、脇の下に挟んで来た一枚の紙を取り出した。
豊葦原で、これほどの上等の紙を献上されるのは千尋とあとは常世の皇くらいのもので、
ほんとうに高価で貴重なものである。
が、献上された千尋はやはり、怒っている。


頭上高く、しっかりと両腕を伸ばしきり、
千尋はその紙面を花に見せつけるようにして拡げると、


「忍人さん、聞いて下さい」


と、彼の名を二度目に呼んだ。
ざわと風が鳴る。


「知ってるかもしれませんけど、さっきこんな似顔絵をいただいたんです」
「素敵な身分の方なのと、それなりに見目麗しい方なので、
 ぜひ私にって言うんです。陛下も、国のことを考えるお年頃でしょうって」
「確かに鑑賞に値する顔だとは思います。忍人さんも思うでしょう?
 あくまでこの絵のとおりならですけど」


そこまでを矢継ぎ早に話しかけ、千尋は絵を取り下げると、改めて見直した。
そして、大きく溜め息をつく。


「でも、よりによって今日という日に、いくらなんでもあんまりだって」


一年に一度、きょうは建国の記念日だった。
幾年か前のこの春の日、千尋が王に即ったことで中つ国は名実共に再建され、
民も官も、国を挙げて祝っている。
いまもそのための宴が催されていて、千尋はそこを抜けて来たのである。


「忘れてるんじゃないかと思うわ。忍人さんがいなかったら、今頃国なんかないのに」


そうでしょう?
あなたがそこで咲いているから、
いま私がここに立っているのに


「だから、ここはむしろあなたの国だと思う訳です。この国の王としては」


千尋は鋭く吸気して、
ビ、とよい音を立ててその紙を二つに割いた。


その様子を、花はその花弁の数だけの、いくつもの目で見たのだろう。
一口大まで破いた紙片を頭上高く投げ散らした千尋の上に、
桜は数多、しんしんと限りなく舞いおりる。


「……ダメだった?」


というのも、それは、千尋の目には、迷うような降り方に見えたのである。
嬉しそうにも悲しそうにもとれる散り方で、ひとつひとつ萼をはなれる。
短き想いの名残りを知り、いまひとたび、極みの薄紅を生き急ぐ。
千尋の割いた不揃いの紙吹雪は、それら規律ある花びらにこすれて、
浮力を削がれて足元で湿る、積もる。


千尋は顔を上げて、笑う。


「そうだね。本当は、わかっているの」


あなたのまもった国だから
ここで、絶えてはいけないと


わかっているのに、春を忘れずに咲く花がある。
嬉しいことがあった年も、そうではなかった年も、


「さぁ、春だ」と、
「君はそこで何をしている」と、


王を奮い立たせるこの花が、
背筋を伸ばして咲くから、王はいつまでも忘れられない。
節目を知ってからこちら、千尋の春はいつも、逆説で厳しい。


甘えることが正しいのだろうか。
それとも、進むことが、彼の意に沿うのならば、或いはと、
割いた絵を、貼り直してみようかとも思うけれど。


「けれど、今日だけは、私はあなたのものでいたいんです」


もうそろそろ、泣いてもいいでしょうか。
王の顔はそのように、若木の下で、首からぐんと持ち上げられた。
上等の正装の背に、ひたと垂らした金の髪は、降った花びらにもうすぐ届く。


髪は日毎に伸びるのに、彼はあの日のまま年もとらない。
王は日毎に王らしく、匂い立って美しく立つ。


あれから、絶えず巡る、忘れえぬ春。
この木がいずれ龍の如く、褐色の枝を張り巡らせる頃には、
誰と、どんな思いでここに立っているのだろうと、
今年の千尋はまだひとり、たった一粒の涙を堪える。


「忍人さん」


呼びかけながら、滑らかな若木の幹を
手のひらで押してみる。
涙が零れる前に、そろそろ宴に戻らなければと、
痛む喉を飲み込みながら、


甘えを篭めて押してみる、宿り木の春。



* 世の中に 絶えて桜のなかりせば・完 *


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